故郷・春野の香り伝えたい 堀出さんが『気田川通信』で情報発信
故郷の山川忘れがたし-。浜松市中区向宿の住宅街にある居酒屋「気田川」で、名物の一つは店で働く堀出敏夫さん(59)が北遠・春野町の香りを詰め込んでおおむね月1回、発行する「気田川通信」(A4判1㌻、カラー刷り)だ。東京五輪に沸いた1964(昭和39)年に旧春野町の中学校を卒業し、浜松市の工場に集団就職。44年勤めて今年1月、定年まで1年を残して早期退職し、今は長男有哉さん(28)が経営するこの居酒屋を手伝う。「故郷に拠点がほしい」とせっせと春野町に足を運び、手作りしていたログハウスも15年かかってようやく完成に近づいた。敏夫さんは「知り合った人たちに開放し、春野を満喫してもらいたい」と張り切る。
敏夫さんは気多中学校(現在は春野中)を卒業すると、27人の同級生とともに二輪部品製造などの協栄製作所(現在は浜松市南区)に就職し、寮生活を始めた。「高度成長期で社長もわれわれも燃えていた」。プレス、溶接などと仕事を覚えモノづくりのまちを支えた。
やがて同じ春野町出身の茂子さん(58)と結婚し、1男2女をもうけた。長男有哉さんは2004年12月に出した居酒屋の名前を気田川にした理由を「おやじに何度も連れて行かれ、自分も大好きなところだから」と話す。
有哉さんが店を開いた当初から、敏夫さんは会社勤めのかたわら気田川通信を作るようになり、店内に掲示したり、客に無料配布してきた。新茶の芽吹き、アユ釣り、アカヤシオの開花、秋祭り、秋葉の火祭りなど四季折々の話題を取材し、写真とともに掲載。春野中の現在の様子を紹介したり、犬居城にまつわる歴史にうんちくを傾けたり。
ログハウスは、春野町川上に土地を借りて建設。10人ほどの友人らと力を合わせ、山からスギを間伐してこつこつ組み立てるなどし、この秋のうちに完成するという。
敏夫さんは「同じ浜松市になったのだから、街の人たちに春野の良さをいっぱい感じてほしい」と、このログハウスを広く交流拠点に生かしたい考えだ。(「中日新聞」より)
子どもの頃、両親の教員移動で犬居小に転向した同級生を訪ね、気田川で遊んだ思い出があります。大人になってからは、毎年夏に2泊3泊のキャンプを楽しみました。居酒屋「気田川」は掛塚街道沿いですので、毎日のように前を通っています。「気田」と「気多」の違いなど、教えてほしいですね?




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